仲倉重郎(なかくらしげお)【映画監督】
仲倉重郎(なかくらしげお)は1941年生まれ・黄海道出身の映画監督です。
経歴・人物
- 1941年、旧朝鮮黄海道に生まれた。
- 1945年11月に引き揚げ、三重県津市の親戚の家に身を寄せた。その後も鉱山技師の父の関係で富山県黒部市、神奈川県藤沢市、東京都武蔵野市と転居を重ねた。
- 東京都立新宿高等学校を経て、東京大学文学部を卒業した。
- 1965年、松竹大船撮影所に助監督として入社し、野村芳太郎や加藤泰らの薫陶を受けた。
- 1966年5月、絵本作家の河野眉子と結婚し、一男一女をもうけた。
- 1983年、『きつね』で映画監督としてデビューした。
- 脚本家として、南部英夫とともに私塾「アシモフ・シナリオゼミ」を開設したほか、主に子供向け番組で作詞家としても活動した。
- 1999年頃から、病気による脊髄損傷で車椅子生活を送るようになり、この経験は車椅子の女性を主人公とした2015年公開の映画『マンゴーと赤い車椅子』に生かされた。
「仲倉」という名字の有名人
仲倉重郎(なかくらしげお)
映画監督/1941年8月21日生まれ/黄海道出身
※本名ではない方(芸名やペンネームなど)も含みます。
「仲倉重郎」と同学年の有名人
※同学年(同級生にあたる世代)は1941年4月2日〜1942年4月1日生まれで判定しています。誕生日が不明の人物は生年のみで判定しています。
