北島三郎(きたじまさぶろう)【歌手】
北島三郎(きたじまさぶろう)は1936年生まれ・北海道出身の歌手です。
経歴・人物
- 1936年10月4日、北海道上磯郡知内村(現・知内町)に7人兄弟姉妹の長男として生まれた。本名は大野穣。
- 北海道函館西高等学校に進学し、在学中に函館で開催された『NHKのど自慢』に出場、司会の宮田輝に声をかけられたことから歌手の道を志すようになった。
- 1954年に17歳で高校を中退し、18歳で上京。東京声専音楽学校に入学したが、歌謡曲志向のため渋谷を拠点に流しの仕事をしながらデビューを目指した。
- 下宿先の大家の娘・雅子と1959年11月30日に結婚した。
- 1960年、流しの仕事を通じて日本コロムビアの芸能部長に評判を聞きつけられ、作曲家・船村徹を紹介されて門下に入った。
- 1961年、船村から渡された譜面が後のヒット曲『なみだ船』だった。
- 1962年に「北海道生まれの三郎」を由来とする北島三郎と命名され、同年6月5日に「ブンガチャ節」でデビューしたが、放送禁止となり不発に終わった。
- 1962年8月20日に発売したセカンド・シングル「なみだ船」がミリオンセラーとなり、第4回日本レコード大賞新人賞を受賞した。
- 1963年秋に日本クラウンへ移籍し、同年末のNHK紅白歌合戦に初出場した。
- 1965年に「兄弟仁義」「帰ろかな」「函館の女」がヒットし、演歌歌手としての人気を確立。映画『兄弟仁義』に出演し、同作はシリーズ化された。
- 1978年に「与作」でファン層を広げ、1980年代以降は原譲二のペンネームで作詞・作曲・演出を手がけることが増えた。
- 1986年、暴力団の新年会に出席していたことが明らかになり、決定していた第37回NHK紅白歌合戦への出場を辞退した。
- 2010年に第61回日本放送協会放送文化賞を受賞し、シングル「夫婦一生」で日本におけるゴールドディスクの最年長記録を更新した。
- 2013年の第64回NHK紅白歌合戦で史上初の50回出場を達成し、同回限りでの勇退を宣言、史上最多13回目のトリで『まつり』を披露した。
- 競馬では「キタサン」の冠号で多くの競走馬を所有し、2015年にキタサンブラックが菊花賞で優勝して初のGI競走勝利をもたらした。
- 2016年春の叙勲で旭日小綬章を受章した。
公式サイト・SNS
「北島」という名字の有名人
北島三郎(きたじまさぶろう)
歌手/1936年10月4日生まれ/北海道知内町出身
北島康介(きたじまこうすけ)
競泳選手/1982年9月22日生まれ/東京都荒川区出身
北島忠治(きたじまちゅうじ)
ラグビー指導者/1901年2月23日生まれ/新潟県上越市出身
北島角子(きたじますみこ)
女優/1931年5月20日生まれ/沖縄県本部町出身
北島岬(きたじまみさき)
タレント/2007年8月6日生まれ/千葉県出身
※本名ではない方(芸名やペンネームなど)も含みます。
「北島三郎」と同学年の有名人
※同学年(同級生にあたる世代)は1936年4月2日〜1937年4月1日生まれで判定しています。誕生日が不明の人物は生年のみで判定しています。
